代表プロフィール

小学生時代は警察署で柔道を学び、中学2年生から松濤館流空手を始める。当時は少年部がなかったため、大人と同じ稽古をすることを条件に入門を許可される。その翌年行われた社会人空手道選手権大会(組手試合)が行われ、道場の棄権者に代わって特別参加し三位入賞となる。

17歳からフルコンタクト空手に転向。同時期、全日本ライト級三位のキックボクサー兼コーチとのスパーリングを見込まれて名門ジムからスカウトされる。

20歳を過ぎて、アクションクラブに所属し拳法と合気道を学ぶ。そして、アクションクラブで知り合った同期生(元芦原会館門下生)の紹介で、劇画・空手バカ一代で‟喧嘩十段‟と異名を持つ、伝説の空手家・芦原英幸氏の門下生となり‟サバキ”を学ぶ。

1987年、芦原空手入門から1年7カ月で黒帯を取得すると同時に、芦原英幸氏から直の電話で川崎での支部設立を命じられる。(初代川崎支部・川崎市川崎区日ノ出町)

支部設立から数年後に仕事の都合で木更津に転居することになり後輩に道場を任せる。それから間もなくして、芦原氏から、再び木更津での支部設立か神奈川本部を設立して会館職員として働いてもらいたいとの誘いを受けるが、要望に報いることがないまま、数年後に師の訃報を知ることになる。

師の亡き後は特定の会派に所属せず、木更津と君津のスポーツクラブで空手指導をすることになるが、両クラブが閉鎖となり、道場生の空手を続けたいという熱意にこたえて、1995年、君津市に空手道無双塾を旗揚げする。

その後、空手と並行して武田流居合道を学び、2012年、2013年、全日本居合道抜刀斬り試合を二連覇。トンファー、ヌンチャク、サイなどの古武術とフィリピン武術のカリにも精通している。

2019年~2023年は新型コロナウイルスの拡大で、道場の活動停止を余儀なくされ、2023年末で道場を閉鎖する。

2024年、空手をベースに護身術と健康増進を兼ねることのできる護身術ジム『サバイブ』として新たな活動を開始し、会員を募集している。